「すぐ近所の店が驚くような高値で売れたらしい」「坪数も立地も同じだから、うちの店もそのくらいで売れるはずだ」。店舗売却のご相談で、オーナー様からよくお聞きする言葉です。
しかし、日々現場で数多くの店舗を査定し、買い手やビルオーナーと泥臭い交渉を重ねている実務家として、はっきりお伝えしなければならない残酷な真実があります。
それは、「坪数や立地が同じでも、現在の『業態』が違えば、居抜きの売却価値は天と地ほど変わる」ということです。
感情論や忖度は排除します。設備にかけた金額ではなく、現場のリアルな需要と「買い手のターゲット幅」によって決まる、業態別の本当の相場目安と査定の裏側を、客観的な事実に基づきお話しします。
軽飲食と「綺麗な業態」のリアルな売却相場
1. 軽飲食(カフェ・軽食等)のリアル
相場目安:100万円 〜 200万円
「油汚れもなく綺麗なカフェだから、すぐ買い手がつくだろう」と思われるかもしれませんが、実務の現場では、軽飲食の居抜きは価格が伸び悩む傾向があります。
理由は明確で、「需要が少なく、買い手層(ターゲット)が極端に限られるから」です。軽飲食のハコで次に居酒屋やラーメンなどの重飲食をやろうとすると、屋上までのダクト引き上げや大掛かりな防水工事が必要となり、莫大な追加費用がかかります。そもそも匂いや煙の配慮から、家主が重飲食への変更を許可しないケースがほとんどです。
結果として、「次も軽飲食をやりたい人」という狭い市場の中でしか買い手を探せないため、相場は100万〜200万円程度に落ち着くことが多くなります。
2. 一般的な居酒屋・「綺麗な業態」のリアル
相場目安:100万円 〜 350万円
一般的な居酒屋、そしてイタリアンやフレンチ、和食などの「綺麗な業態」の多くは、この100万〜350万円のレンジに収まります。ここでは「家主の意向」が価格を大きく左右します。
フレンチやイタリアンなどは厨房設備もしっかりしており、ダクト等の条件も満たしていることが多いため、本来であれば大衆居酒屋などにもそのまま転用できる高いポテンシャルを持っています。
しかし、ここで立ち塞がるのが「家主の見栄(お好み)」という最大の壁です。「今までフレンチが入っていてビルの格が保たれていたから、次も居酒屋ではなく綺麗な業態を入れてほしい」と、家主側から業態制限をかけられてしまうケースが少なくありません。これにより、本来売れるはずの「普通の居酒屋をやりたい豊富な買い手層」を逃してしまい、自ら価値を狭めてしまうケースが後を絶ちません。
参考記事:
居抜き譲渡を管理会社に断られた。公式な「NO」を覆し、承諾を引き出す実務的交渉術【連載4】
重飲食の明暗と、市場が全く異なるナイト系
3. 重飲食の明暗。「焼肉以外の重飲食」と「テーブルダクト業態」の違い
相場目安:100万円 〜 350万円(※条件次第で最高500万円程度)
同じ重飲食(強力な排気や防水が必要な業態)であっても、客席の構造によって居抜き価値の残り方は真逆になります。
① 最強の汎用性を誇る「焼肉以外の重飲食(ラーメン・中華等)」
重飲食の中で最も買い手が見つかりやすく、高値がつきやすいのが、ラーメン店や中華料理店に代表される「厨房の熱源・排気設備は強力だが、客席はオーソドックスな業態」です。
これらは設備が強いだけでなく客席の自由度が高いため、次にうどん屋、蕎麦屋、パスタ店、洋食店など、幅広い業態がそのまま居抜きとして使えます。買い手のターゲット層が圧倒的に広いため需要が途切れず、条件が良ければ相場上限の500万円程度の値がつくこともあります。
② 設備が仇になる「テーブルにダクトがある業態(焼肉・しゃぶしゃぶ等)」
一方で、焼肉店やしゃぶしゃぶ店など、各テーブルに排気ダクトや焼き設備、炭入れ等が組み込まれている業態は事情が異なります。
設備投資としては一番お金がかかっていますが、その特殊すぎる構造が「汎用性の低さ」を生んでしまいます。次も焼肉や鍋物などをやりたい買い手にとっては最高ですが、それ以外の普通の居酒屋をやりたい人から見ると、客席のダクトや特殊なテーブルは「撤去費用がかかる厄介な設備」になってしまいます。需要とドンピシャにハマれば高額になりますが、ターゲットを極端に狭めてしまう諸刃の剣なのです。
4. ナイト系(ガールズバー等)のリアル
相場目安:500万円 〜 800万円
もし「近所のボロい店が800万円で売れた」という噂を聞いたなら、その店は高確率でガールズバーやスナックなどの「ナイト系」です。そして、ご自身の飲食店とこの金額を比較してはいけません。
ナイト系が安定して高額取引されるのは、内装や設備の価値ではありません。「風営法や深夜酒類提供の許可が下りており、かつ家主がナイト営業を承諾している」という、圧倒的な希少性(営業権)に対して値がついています。資金力のある買い手がキャッシュで即決していくことも多く、普通の飲食店とは全く違うゲームのルールで動いている市場なのです。
例外中の例外:1,500万以上が動く「ゲームチェンジャー」の条件
ここまで読まれて、「じゃあ、どんなに良くても500万程度が限界なのか」と思われるかもしれません。確かに、数百万円クラスの大金が動く「例外」は存在します。
それは、「ターミナル駅の超一等地」にある物件だけです。誰もが認める一等地の1階路面店などの場合、業態に関わらず「その場所(ハコ)をどうしても手に入れたい」という大手チェーンや潤沢な資金を持つ企業が競合するため、1,500万円や2,000万円といった規格外の金額が普通に飛び交います。
逆に言えば、このレベルの超一等地でもない限り、「どれだけ内装にお金をかけたか」「どれだけ高級な厨房機器を入れたか」をアピールしたところで、査定金額が跳ね上がることはありません。厳しいようですが、一等地以外での「設備の自己満足」は、売却価格には一切期待しない方が賢明です。
まとめ:高値の噂に惑わされず、正しい現在地を知る
店舗売却を成功させる最大のコツは、「うちの設備には〇〇万円かかっている」という売り手側の執着を捨て、今回の相場目安を基準に「自分の業態・客席構造は、次の買い手にとってどれくらい買いやすいか(汎用性があるか)」を客観的に見極めることです。
業態の現実を無視して、的外れな「高値の噂」や「超一等地の事例」を基準に価格を吊り上げ、引き際を誤るとどうなるか。結局は買い手を逃し、毎月の家賃(維持コスト)を垂れ流し続け、手元に残るはずだった現金まで失う「見えない赤字」の地獄に陥ります。
参考記事:
店舗売却で「高値」に固執して自滅するリスク。維持コストと機会損失が招く「見えない赤字」の正体
あなたの店舗の「本当の価値」は、ネットの表面的な一括査定サイトでは分かりません。まずは現場の修羅場を知る実務家の適正な査定を受け、賢い撤退戦略を立てることから始めてみてください。
この記事の監修・執筆
(株)FIJ 営業本部長 / 岩井 義浩
元上場ノンバンク支店長(金融歴5年)、不動産サブリース実務15年。
「感情論ではなく、数字と法律でオーナーを守る」が信条のアナライザー。
年間200件以上の店舗査定と撤退相談を行い、AIを活用した適正な出口戦略を提案している。

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